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ノブ・ハヤシ、大谷貴子/白血病患者支援
「ママになる喜びを患者に」#11

元K-1ファイターで現役格闘家のノブ・ハヤシ(42)。かつて闘病のベッドから「日本にも骨髄バンクを」と叫び、実現への原動力となった大谷貴子(59)=全国骨髄バンク推進連絡協議会顧問。「どりサポ」でもおなじみの両者はともに骨髄移植で白血病を克服し、今はそれぞれの道で白血病患者を助けている。互いに尊敬しあう間柄だが、違いもある。ノブはわが子を抱く幸せを知り、大谷は知らない――。そんな2人が今度は同じ舞台に立ち、若い女性患者の妊娠支援に向かう決心をした。

(全16回連載)

「ブラボー!」

2004年暮れ、堅かった壁にようやく穴が開く。北折健次郎ら血液内科医らが集まる日本造血細胞移植学会が「造血細胞移植と女性の不妊」というテーマで、急きょ特別企画を組んだのだ。当時の学会長の一存だった。

学会長は名古屋大学病院OBで、同病院で北折を直接指導した先輩医師、入院中の大谷貴子の担当医の一人という間柄、さらに妹を白血病で亡くしていたという事情もあったが、企画の会場を埋めた医師らの関心は高く、「採卵時の出血が患者に与える危険性は?」といった突っ込んだ質問も出た。

最後は「当学会は患者に採卵の情報を提供していくための努力をしていく」という宣言で締めくくられた。見守っていた北折と大谷は欣喜雀躍した。大谷は「ブラボー!」と叫びそうになり、慌てて自分の口を手でふさいだ。

「私が先頭に立つ」

実は学会員の中には「こんな宣言を出して大丈夫か。患者から『私の精子や卵子を保存してください』と要望を付きつけられたら、何と答える」と心配する声もあった。それでも学会長は「今は要望をかなえられる技術があるのだから、医師は患者のために前に進まなければならない。その先頭に私が立つ。皆さんもついてきてほしい」と動じなかった。

学会長は名大病院時代、「名古屋骨髄献血希望者を募る会」の運営に没頭する北折をじっと見守り続けた数少ない医師の一人。時を超え、今度は自ら表舞台に立ち、「患者の妊孕性温存」に向かって北折と歩みを一つにしたのだった。

講演に忙しい大谷さんだが、「私たちボランティアの努力不足も」という反省も口にする。
講演に忙しい大谷さんだが、「私たちボランティアの努力不足も」という反省も口にする。

次々に容認

宣言も弾みになり、白血病患者やがん患者への不妊告知や卵子(未受精卵)保存に対する医療界の視線が少しずつ変わり始め、やがて関係学会がガイドラインなどで条件付きながら次々と容認を打ち出すようになる。

そうした動きは大谷や北折の努力もさることながら、「患者の権利」「回復後の生活の質(QOL)」「少子化対策」に関する世の中の意識の高まりや、キャリアウーマンはじめ一般の女性たちが卵子保存を選択し始めたことも背景にあった。

こうして、医療界が想定していなかった卵子保存技術の確立と普及、世の中が求める声にあわせ、ガイドライン再検討の流れが生まれたと言えよう。

世界1000万症例

確立と普及に大きく寄与したのが、この分野の第一人者の桑山正成だった。桑山はガラス化保存法の改良を重ねながら、国内はもちろん、海外での多くの研究者や医師が薫陶を与え、その技術は北・南米、欧州など75か国、合計1000万症例に応用された。

「患者に不妊の恐れをきちんと伝えている医師はまだ少数なのでは」と指摘する桑山正成さん。
「患者に不妊の恐れをきちんと伝えている医師はまだ少数なのでは」と指摘する桑山正成さん。

ここまで読むと、今日、白血病患者や医師の間では卵子保存が十分認知されているように思うかもしれないが、実態は違うようだ。

大谷や桑山は異口同音、「状況はよくなってきていますが、卵子や精子保存をめぐって血液内科医と生殖医の連携がとれている病院ばかりではありません。この問題に関心がないのか医師としての信条なのか、不妊の恐れすら患者に伝えていないケースも珍しくありません」と指摘する。

「やがて世の中全体を」

大谷はこうも付け加えた。「私たちボランティアの努力不足も認めなければなりません。これからも私たちは新たな発信手段を開拓するなどして啓発を続けていくつもりです。また患者も心身ともに苦しい状況下ですが、医師任せにするばかりではなく、自分が受ける医療内容や影響を勉強し、意思表示すべきでしょう。そういう姿勢が医療界だけでなく、やがて世の中全体を動かすはずです」

たった一人の病床から「日本にも骨髄バンクを」と叫び、実現への原動力になった大谷だけに、言説に実感と説得力がこもっている。

しかし、白血病患者の卵子保存が普及するにはもう一つ難しい課題が待ち構えていた。

敬称略

(全16回連載)

#12に続く

最初から読む(#1)

取材協力・写真提供 株式会社リプロライフ https://reprolife.jp/