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ノブ・ハヤシ、大谷貴子/白血病患者支援
「ママになる喜びを患者に」#13

元K-1ファイターで現役格闘家のノブ・ハヤシ(42)。かつて闘病のベッドから「日本にも骨髄バンクを」と叫び、実現への原動力となった大谷貴子(59)=全国骨髄バンク推進連絡協議会顧問。「どりサポ」でもおなじみの両者はともに骨髄移植で白血病を克服し、今はそれぞれの道で白血病患者を助けている。互いに尊敬しあう間柄だが、違いもある。ノブはわが子を抱く幸せを知り、大谷は知らない――。そんな2人が今度は同じ舞台に立ち、若い女性患者の妊娠支援に向かう決心をした。

(全16回連載)

「どうぞ、このお金を」

「抗がん剤や放射線治療による不妊に悩む女性白血病患者の皆さんのために、どうぞこのお金を使ってください」

2011年末ごろ、全国骨髄バンク推進連絡協議会にこんな寄付の申し出が寄せられた。額は1000万円。協議会側は驚きに包まれた。

全国骨髄バンク推進連絡協議会に名を連ねる「骨髄バンクを支援する東京の会」の会報発送風景。品川運輸から事務所の一室を無償で借りて作業場にしている。
全国骨髄バンク推進連絡協議会に名を連ねる「骨髄バンクを支援する東京の会」の会報発送風景。品川運輸から事務所の一室を無償で借りて作業場にしている。

申し出の主は都内で「品川運輸」を経営していた毛塚眞次(故人)と妻の翠(65)だった。翠は36歳のときに白血病と診断され、日本骨髄バンクを介しての骨髄移植で生還。以後、白血病患者の支援ボランティアに身を投じた。

入院中に協議会顧問の大谷貴子とも知り合った。大谷が書いた本を読んだことがきっかけだった。大谷に励まされたり、適切な治療が受けられる病院を紹介してもらったりするなど、いろいろと助けられた。

大谷から「子どもが欲しい女性患者のために卵子保存という技術があるのですが、費用の支払いが大変で…」という嘆きも聞かされていた。翠はこの言葉を忘れなかった。

東京マリーンロータリークラブが「しながわ宿場まつり」で出したチャリティー販売のテント。
東京マリーンロータリークラブが「しながわ宿場まつり」で出したチャリティー販売のテント。

「ほかに使い道はない」

毛塚眞次は会社経営以外に「東京マリーンロータリークラブ」の幹部も務め、骨髄バンクや白血病患者支援を目的にクラブの会合やイベントなどの場でこつこつと小口の寄付を集めていた。それが1000万円にまで膨らんでいた。

残念ながらマリーンロータリークラブは会員減少に陥り、2014年5月、よそのロータリークラブとの合併を余儀なくされた。「1000万円をマリーンの存続資金に」という声も出たが、そっくり協議会に託した。「患者救済に賛同してくれた人たちから頂戴した浄財。他に使い道はない」という毛塚の固い決心がそうさせた。

「こうのとりマリーン基金」発足時の記者会見(2013年11月)
「こうのとりマリーン基金」発足時の記者会見(2013年11月)

「あしたも、赤ちゃんも」

こうして2013年11月、女性白血病患者(血液難病患者)の卵子採取・保存費助成のための基金が誕生した。赤ちゃんを運んでくるという鳥とマリーンロータリーから名前をもらい、「こうのとりマリーン基金」と命名された。

対象を経済的事情で卵子保存を断念していた患者に絞り、体外受精や通院のための交通費なども含め、1人上限30万円で助成を開始した。キャッチコピーを「あしたも、赤ちゃんも、きっと来るから」にした。

基金創設を伝える全国協議会ニュース2013年12月号。
基金創設を伝える全国協議会ニュース2013年12月号。

大谷の毛塚夫妻に向けた感謝は一入だった。「長らく患者を待たせてきたけれど、これでようやく金銭支援の道が開けました。もう夢を諦めてもらわなくても済みます。いい報告ができます」。自ら背負った責任を果たせたことへの安堵も深かった。

敬称略

(全16回連載)

#14に続く

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