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ノブ・ハヤシ、大谷貴子/白血病患者支援
「ママになる喜びを患者に」#5

元K-1ファイターで現役格闘家のノブ・ハヤシ(42)。かつて闘病のベッドから「日本にも骨髄バンクを」と叫び、実現への原動力となった大谷貴子(59)=全国骨髄バンク推進連絡協議会顧問。「どりサポ」でもおなじみの両者はともに骨髄移植で白血病を克服し、今はそれぞれの道で白血病患者を助けている。互いに尊敬しあう間柄だが、違いもある。ノブはわが子を抱く幸せを知り、大谷は知らない――。そんな2人が今度は同じ舞台に立ち、若い女性患者の妊娠支援に向かう決心をした。

(全16回連載)

「ネットに記事が」

骨髄移植で白血病から生還した大谷貴子がかつての主治医・北折健次郎に望んだ女性白血病患者の妊孕性温存。彼女が自分の妊孕性喪失を知ってから約7年後の2000年暮れ、意外なところから実現への糸口がもたらされた。

まだあどけなかったころの大谷さん姉妹。右が姉の睦子(現・睦子ホリマン)さん、左が貴子さん。
まだあどけなかったころの大谷さん姉妹。右が姉の睦子(現・睦子ホリマン)さん、左が貴子さん。

それはアメリカ人と結婚し、アメリカで暮らしていた大谷の姉・ホリマン睦子から北折への知らせだった。「インターネットで、人間の卵子を長期にわたって冷凍保存する方法について書かれた記事を見ました。日本の研究者が精通しているようです。貴子のような女性の白血病患者に使えませんでしょうか」

苦楽を共にしてきた親子三人。左が母の巻枝さん、真ん中が姉の睦子さん(1995年2月)
苦楽を共にしてきた親子三人。左が母の巻枝さん、真ん中が姉の睦子さん(1995年2月)

「考えもしなかった」

当時、既に人間の精子や受精卵の凍結保存技術は確立されていたが、未受精卵は未開拓だった。北折もさっそく記事を確かめた。桑山正成という研究者が紹介されていた。

桑山正成さん(リプロライフ社で)
桑山正成さん(リプロライフ社で)

「記事が本当なら、女性患者も抗がん剤や放射線治療に入る前に卵子を採取保存し、健康回復後、解凍して体外受精すれば妊娠できる。考えもしなかったやり方だ。これは行けるかもしれない。行けるなら使わない手はない」

北折はすぐに桑山にメールで面会を申し込んだ。「どうぞおいでください」という返信だった。

明けて2001年2月12日、北折と大谷は桑山が勤めていた都内のクリニックを訪ねた。快く2人を迎えた桑山は人間(ヒト)の未受精卵の長期凍結保存を可能にした「ガラス化法」を説明した。

桑山さんが開発した卵子の凍結専用キット
桑山さんが開発した卵子の凍結専用キット

「膨張が壊す」

その「ガラス化法」とは。以下、ごく大雑把にまとめた。

冷凍肉を解凍すると赤い肉汁が染み出す。肉の細胞の中の水(H₂O)が凍ることで体積が膨張し、細胞を破壊するからだ。

凍結に伴って体積が膨張する現象は液体の中では水にしか起きない。ならば、細胞の中の水を別の無毒の液体(保護液)に置き換えたうえで一気に凍らせれば、膨張を招かず、細胞を長期保存できることになる。

卵子を凍結溶液(保護液)に浸し、凍結に耐えうる状態にする。
卵子を凍結溶液(保護液)に浸し、凍結に耐えうる状態にする。

これを実現させたのが「ガラス化法」だ。保護液はグリセリンなど数種のアルコール類を配合して作る。保護液が凍ったときに形成する不規則な分子配列がガラスのそれと似ているところから、この名がついた。

1980年代半ばに編み出された手法で、実験動物や家畜動物の卵子の凍結保存では好成績を収めた。だが、人間の卵子、特に未受精卵ははるかにデリケートで、世界の権威たちが実験を試みたものの、失敗が相次いだ。

卵子は液体窒素タンクで長期保存へ
卵子は液体窒素タンクで長期保存へ

「犯人は保護液」

「ガラス化法はとても人間の未受精卵には通用しない」が通説になりかけたころ、たった一人、成功の頂を極めたのが桑山だった。桑山は失敗の原因を徹底的に調べ、「未受精卵をいきなり高濃度の保護液に浸しため、浸透圧で細胞が急激な脱水症状を引き起こした。これが細胞破壊につながった。卵子を殺した犯人は凍結ではなく、保護液だったのだ」という事実を突き止めた。

桑山は保護液を構成するアルコール類を一から見直し、試行錯誤の末、毒性のない保護液を見つけ出した。その中に未受精卵を16段階に分けてゆっくり浸したあと、-196度の液体窒素で急速冷却してみた。

自分が開発した卵子保存キットについて説明する桑山さん
自分が開発した卵子保存キットについて説明する桑山さん

顕微鏡で結果を見た桑山は歓喜、驚愕した。「細胞破壊が全くない。成功だ。それにしても人間の卵子がこんなに強いなんて」

「ガラス化法で」

こうして桑山は「ガラス化法によるヒト卵子(未受精卵)凍結」を確立し、1999年5月、はるばるアメリカからクリニックにやってきた米国人女性を対象に実用化にも成功した。

    ◇

以上のような桑山の説明がひと段落するや、北折は膝を進め、協力を求めた。「白血病患者が骨髄移植で生還した後の人生を先生のガラス化法で救ってあげてください」。大谷も隣から「ぜひお願いします」と頭を下げた。   

敬称略

(全16回連載)

#6に続く

最初から読む(#1)

▽プロフィール 桑山正成(くわやま・まさしげ)

1962(昭和37)年、大阪府堺市出身。北海道大学大学院獣医学研究科で博士号(生殖工学)取得後、農水省畜産試験場、民間病院などでの勤務を経て、2015年、自ら株式会社リプロライフを設立。代表取締役社長を経て現在は会長。この間、世界初のガラス化保存法によるヒト卵子凍結保存の実用化(1999年)、ヒト卵巣凍結保存成功(2007年)など、生殖医療分野で数々の業績を成し遂げる。「不妊に悩む世界のすべての人を幸せにしたい」と志し、国内外で技術の普及に尽力している。好きな言葉は「天地人」。都内在住。

取材協力:

写真提供 株式会社リプロライフ https://reprolife.jp/