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大橋一三/骨髄ドナー #1
「のぼりで白血病患者に勇気を」
箱根駅伝 もう一つの応援物語

のぼりを手に声援を送るボランティアたち(2013年、東京・田町で)

正月恒例の箱根駅伝。寒風にたなびく出場大学ののぼり旗はすっかりおなじみの光景だが、その中に「いのちのタスキリレー」という一風変わったのぼりが混じっているのをご存じだろうか。白血病患者救済に努める「日本骨髄バンク」をPRするのぼりだ。2度の骨髄提供経験のある元大学陸上部員が18年前、「テレビ中継を見る患者に『いつもあなたを応援しています』というメッセージを送ろう」との一心で始めた。熱意は駅伝主催団体や企業のトップらにも伝わり、のぼりを持つ仲間を増やしていった。

(全20回連載)

「昔のようにゲリラで」

「お祝い気分どころではない全国の白血病患者の方に『常に皆さんを誰かが応援しています。決してあなた独りではありません。だから、どうかあきらめずに頑張ってください』と伝えたくて、僕はこの正月ものぼりを手に箱根に行きました。他のボランティアとは少し離れ、昔みたいにゲリラで立ちました」

大橋一三さん
大橋一三さん

今年2月、プルデンシャル生命港第五支社(東京・港区)で行なわれた白血病患者支援の寄付金贈呈式。受領側の一人として列席した「骨髄バンクを支援する東京の会」の大橋一三(54)は40人近い同社社員を前に人懐っこい笑顔でスピーチした。

博愛ムードに少々不似合いな「ゲリラ」発言は、みんなの関心を引いた。そんな反応に答えるように大橋は続けた。「最初の年、2002年は私ひとりで立っていたわけですから。何とかテレビに映ってやろうと。今でもひとりの方が楽しくて、懐かしいです」

本人はいたって真面目に打ち明けたのだが、会場は「のぼり運動をここまで広めた張本人が『今も一人が楽しい』とは」と、唐突な逆説に苦笑を禁じえなかった。ただ、誰もが大橋の率直な人柄に好感を持ったし、それが過去、多くの共鳴者が現れた理由でもあった。

2020年2月、プルデンシャル生命港第五支社で行われた寄付金贈呈式で、のぼり運動について話す大橋さん(手前)
2020年2月、プルデンシャル生命港第五支社で行われた寄付金贈呈式で、のぼり運動について話す大橋さん(手前)

「映っていたぞ」

「骨髄バンク いのちのタスキリレー」と書かれたのぼりを箱根駅伝の往復の沿道に立て、テレビ中継に映りこむ。一人でも多く骨髄バンクのドナー登録者を増やし、不安な日を送る白血病患者を励ますために――。

こんなユニークな啓発と激励の方法を考え、実行したのが大橋だった。俳優業と飲食店経営の二足の草鞋を履きながら、白血病患者支援に身を捧げている男だ。

のぼりを手に声援を送るボランティアたち(2013年、東京・田町で)
のぼりを手に声援を送るボランティアたち(2013年、東京・田町で)

今日までの経緯やプルデンシャル生命とのかかわりをざっと説明する。

2002年、大橋は骨髄バンク(当時は財団法人骨髄移植推進財団)からのぼりを借り、往路は箱根宮の下、復路は箱根湯本のコース沿いに立った。相棒は箱根に住む旧友だけ。テレビ観戦した知人から「一瞬だったが、映っていたぞ」と教えられた。

沿道に立つ大橋さん(左)(2015年、東京・田町で)
沿道に立つ大橋さん(左)(2015年、東京・田町で)

「もっと同志を」

大橋は勇気づけられたが、「もっと同志が必要だ」と考え、「骨髄バンクを支援する東京の会」に助力を求めた。自ら入会もした。

同会も斬新な発想と果敢な行動力を持つ大橋を歓迎し、翌2003年の大会以降、同会や「神奈川の会」「千葉の会」「埼玉の会」、これらが加盟する「全国骨髄バンク推進連絡協議会」が運動の主体を担うようになった。

駅伝を主催する関東学生陸上競技連盟の「協力」も獲得した。箱根では地元商店や新聞店のほか、たくさんの住民が助勢してくれるようになった。

駅伝ファンに骨髄バンク支援を呼びかけるボランティア(2019年、箱根宮ノ下で)
駅伝ファンに骨髄バンク支援を呼びかけるボランティア(2019年、箱根宮ノ下で)

患者支援の寄付も

2006年からはプルデンシャル生命の社員有志も加わった。同社は毎年、参加の社員数に1万円をかけた額を協議会に寄付している。累計では動員数が約4430人、寄付額も4430万円という大きな数字だ。今はSDGs活動の一つに位置付けている。

寄付は全額が治療費ねん出に苦しむ白血病患者への直接支援に充てられてきた。協議会や患者にとって、こんなにありがたいことはない。

寄付金の目録を手にする全国骨髄バンク推進連絡協議会の田中重勝理事長(左)とプルデンシャル生命の森司・港第五支社長(当時)(2020年2月)
寄付金の目録を手にする全国骨髄バンク推進連絡協議会の田中重勝理事長(左)とプルデンシャル生命の森司・港第五支社長(当時)(2020年2月)

恒例の寄付金贈呈式が毎年2月、同社で開かれる。今年の寄付金は約300万円。協議会を代表し、理事長の田中重勝(70)、顧問の大谷貴子(58)、骨髄移植を受けたばかりの白血病患者、そして大橋らが会場の港第五支社に出向いた。

田中ら全員が代わる代わる感謝のあいさつに立った。その中で大橋から「ゲリラが楽しい」のスピーチが飛び出し、一同を笑わせたのだった。

プルデンシャル生命の社員から拍手を浴びる大橋さんら
プルデンシャル生命の社員から拍手を浴びる大橋さんら

以上が18年間の流れだが、そもそもなぜ大橋はバンクや白血病患者支援に身を投じたのか。なぜ箱根駅伝に着目し、協議会や団体、企業を巻き込む運動へと発展させられたのか。

答えはこれから振り返る出会いの数々にあった。

プルデンシャル生命港第五支社で行われた寄付金贈呈式の出席者。右端が大橋一三さん
プルデンシャル生命港第五支社で行われた寄付金贈呈式の出席者。右端が大橋一三さん

敬称略

(全20回連載)

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