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大谷貴子/骨髄バンク支援ボランティア #3
全身全霊、24時間、365日

骨髄バンク支援を訴えるたすき姿で地元の神社の豆まきに参加(2016年、埼玉県内

ともに骨髄移植で白血病を克服し、今は患者救済のボランティアに身を投じる2人のアスリート、格闘家ノブ・ハヤシとプロスノーボーダー荒井善正が感謝、尊敬してやまない女性がいる。日本骨髄バンクの生みの親、大谷貴子(58)=全国骨髄バンク推進連絡協議会顧問=だ。大谷自身も若くして白血病に襲われ、万分の一という確率で実現した骨髄移植を経て生還した身。与えられた第二の人生を患者のために尽くす毎日だが、その道を開いたのは、実は病魔に見せつけられた醜い自分だったという。

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「汗をかくしかない」

 日本骨髄バンクの発足こそ大谷にとって第2の人生の幕開けだった。「進める会」はバンク発足に先立つ1990年、「全国骨髄バンク推進連絡協議会」に生まれ変わって再スタート。現在は全国37のバンク支援団体の集合体として①バンクの普及啓発と骨髄提供者(ドナー)募集支援②患者と家族の支援、の二つを柱に活動する。バンク本体との関係を大谷は「車の両輪。連携しながら骨髄移植普及にまい進している」と説明する。

 ボランティアは日ごろ、地域の血液センターに詰め、バンクに関心を持った献血者らにドナー登録の手続きなどを説明し、勧誘する。イベント会場でPRもすれば、フリーダイヤルで相談にも乗る。

 若い患者が抗がん剤や放射線治療の結果、生殖機能を失っても、いつか我が子を抱けるように、今は治療前の精子、未授精卵子の冷凍保存が推奨されている。だが、費用が高額なため二の足を踏む患者も多い。そこで協議会は個人からの寄付でできた基金を運営し、費用の工面が難しい患者に助成金を出している。

 どれも草の根、手弁当、低予算の運動だが、患者の切実な声をじかに汲み取る。「お金がない代わりに、一人ひとりができるだけの汗をかきます。それしかできないですし」。大谷はボランティアたちの一致した決意をこう代弁する。

骨髄バンク支援を訴えるたすき姿で神社の豆まきに参加(2016年、埼玉県内で)
骨髄バンク支援を訴えるたすき姿で神社の豆まきに参加(2016年、埼玉県内で)

「行く先に無数の感動がある」

 大谷は協議会会長も務めたが、今日まで事務局のいすに座ってのんびり過ごした試しはない。講演は年300回。1日に3か所をはしごしたこともあった。イベント以外にも全国各地の患者の会に精力的に足を運ぶ。

 埼玉の自宅に戻れば夫を持つ主婦であり、家業のスーパーの経営にも携わる。夜、布団に入っても患者からの電話には必ず出る。出ること自体が患者には救いだからだ。

 「皆さん、私の仲間なんです。患者仲間。そんな仲間の声を打ち捨てるなんてできませんもの」。結果、電話に出られない移動の電車の中だけが熟睡タイムという毎日だ。

 そんな大谷を周囲はどう見ているか。26年間、このボランティアを続けてきた協議会副理事長の若木換(あらた)(60)は「バイタリティーの塊。そして全身全霊、24時間、365日を患者に捧げる人。いつでもどこでもとことん患者に寄り添い、片時も忘れません」と驚嘆する。

 若木らボランティア仲間が大谷の心身の疲労を心配し、「たまには運動や患者さんのことを忘れ、息抜きしましょうよ」と居酒屋での一杯に誘う。ところが大谷の話題はさっそく患者だし、患者から電話が来ると、携帯を耳に店の外に出たきり戻ってこない。

 「本人が注文した熱燗は冷めるし、刺身は干からびちゃう。ある時、『また患者さんからの電話ですか』と聞いたら、『ううん、この前の講演会で一緒だった病院の先生だったわ』。医者にも頼られちゃっている」。苦笑交じりに話すが、深い敬意がこもる。

 若木は続けた。「大谷さんと一緒に活動しているといろいろな感動を味わう。一番は助かった患者さんの喜ぶ顔。彼女の行く先にはそういう感動が無数にあり、私たちを感動の世界に導いてくれる。だからボランティアはみんな彼女に感謝し、彼女が少しでも自由に動けるよう、環境を整えています」

 患者を支える大谷を仲間が支える。大谷の求心力と推進力はこうして生まれる。

(敬称略)

ともに骨髄バンク支援を訴えるボランティア仲間の若木換さん(左)と(今年の「東京雪祭」の会場で)
ともに骨髄バンク支援を訴えるボランティア仲間の若木換さん(左)と(今年の「東京雪祭」の会場で)

〈続く〉

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▽プロフィール 大谷貴子(おおたに・たかこ)

1961年6月、大阪市生まれ。1986年12月、千葉大大学院在学中に慢性骨髄性白血病と診断され、名古屋大学医学部付属病院で1988年1月、母親の骨髄移植を受ける。2005年7月、全国骨髄バンク推進連絡協議会第2代会長に就任。主な著書に「霧の中の生命」(リヨン出版)、「生きてるってシアワセ!」(スターツ出版)など。日本青年会議所TOYP大賞グランプリ(1991年)、朝日社会福祉賞(1995年)など受賞。埼玉県加須市で夫と二人暮らし。
全国骨髄バンク推進連絡協議会ホームページURL https://www.marrow.or.jp/

取材協力:全国骨髄バンク推進連絡協議会 一般社団法人SNOWBANK 日本骨髄バンク ドージョーチャクリキ日本